被害者に一定の落ち度があり、かつ、事故後に損益相殺の対象となる給付を受け取った場合、損害額の計算方法としては、過失相殺と損益相殺のいずれを先に行うべきでしょうか。
具体例として、被害者の人身損害が1000万円で、被害者に2割の落ち度があり、事故後に被害者が損益相殺の対象となる金額300万円を受け取った事例で考えてみます。過失相殺後に損益相殺を行うと、1000万円から過失割合の2割(200万円)を控除し、さらにここから人300万円を差し引くと、加害者に請求できる損害額は500万円となります。しかし、損益相殺後に過失相殺を行うと、1000万円から300万円を控除し、残りの700万円について2割(140万円)を差し引くと、加害者に請求できる損害額は560万円になります。
どちらの方法で計算するのが妥当なのかという点ですが、以下のとおり、損益相殺の対象として受領した金銭によって異なります。
交通事故が、就労先の業務上の事由に起因して発生したものであったり通勤災害といえる場合には、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」といいます。)に基づき労災保険金の給付を受けることができます。
労災保険金も、過失相殺後の残額から損益相殺をすることになります。
なぜなら、政府が被害者に労災保険金を支払うと、その給付金額分の損害賠償請求権が被害者から政府に当然に移転することになり(労災保険法第12条の4第1項)、この部分の損害賠償請求権は、過失を斟酌した後のそれと解釈するのが文理上自然であり、同規定の趣旨に沿うものといえるからとされています(最高裁平成元年4月11日判決)。
健康保険法や国民健康保険法による給付金については、上記とは逆に、損益相殺をした残額から過失相殺をすることになっています。
というのは、この給付金は、もともと事故の当事者間の過失割合を考慮した金額が給付されているため、損害額を算定するに際しては、損害額全体に過失相殺をする前に控除(損益相殺)をする必要があるからです。
人身傷害補償保険は、被害者側の保険の特約の1つであり、被保険者である被害者の過失の有無を問わず、一定の基準に従い、保険金が支払われるものです。
加害者から損害賠償金を受け取る前に、被害者が人身傷害補償保険金を受領した場合、過失相殺との先後関係はどのようになるかというと、すこし難しい処理になります。
すなわち、前記の例では、被害者の損害は全部で1000万円、過失相殺後の損害額は800万円になりますが、人身傷害補償保険金として300万円を受け取った場合、この300万円は被害者の過失部分である200万円の部分から充当されることになります。200万円の部分に300万円を充当すると、人身傷害補償保険金を支払った保険会社は、100万円多く払い過ぎたことになりますので、この過払いの100万円の部分に関して、被害者の損害賠償請求権を代位取得することになります(最高裁平成24年2月20日判決、最高裁平成24年5月29日判決)。
700万円 (被害者が加害者に請求できる部分) |
人身傷害補償保険金300万円 | |
100万円 (過払部分) |
200万円 (被害者の過失割合20%部分) |
その結果、被害者は過失相殺後の800万円のうち100万円部分は、人身傷害補償保険金を支払った保険会社に持って行かれますので、被害者が加害者から受け取ることができる損害賠償金は800万円から100万円を差し引いた700万円ということになります。もっとも、被害者は、この場合、保険会社から人身傷害補償保険金300万円をすでに受け取っていますので、合計で1000万円全額を受け取ることができています。
人身傷害補償保険金は、各保険会社によって金額が異なりますし、一般的に低額です(そのため、1000万円の損害でも、上記のとおり、300万円が支給されるとは限りません)。
人身傷害保険金を受け取ってから、加害者に対して損害賠償請求をすると、上記のとおり、保険会社の代位取得等があり手続が複雑になりますので、まずは加害者または加害者の保険会社(対人賠償保険)から損害賠償金を受け取った後に、被害者自身の付保する保険会社に人身傷害補償保険金を請求するのがよいと思います。