事故に遭うと、当然ですが損害が生じます。このサイトでもたくさんの損害項目について説明をさせて頂いています。しかし、他方で、被害者は事故に遭ったことによって利益を受けることもあります。このように「利益」というと誤解があるかもしれませんが、事故に遭ったことによって手元に入ってくる金銭があります。
このように、交通事故に遭った被害者が加害者または保険会社から損害賠償を受けるときに、その損害賠償の原因となった事故と同一の原因によって利益を受けることがある場合に、被害者に発生した損害額からこの利益分の金額を控除することを損益相殺といいます。文字通り、事故によって発生する「損」害と利「益」を「相殺」して、手元に入ってくる金銭(損害額)を調整することです。
どのような利益が損益相殺の対象となり得る「利益」かというと、個別のものとしては後記のとおり様々なものがありますが、一般論としては、交通事故と相当因果関係にあるものに限定されます。
自転車事故によって被害者が死亡した場合、その被害者の配偶者が生命保険金を受け取ることがあります。しかし、この遺族(配偶者)が加害者に対して損害賠償請求をする際に、その損害賠償請求の金額は、受け取った生命保険金を差し引いた金額になるのでしょうか。
この点、この配偶者は、被害者本人が死亡したことによって生命保険金を受け取っている以上、損益相殺をした上で(受け取った生命保険金分を差し引いた上で)、実際に損害となる部分だけを損害賠償請求をすべきとも思われますが、最高裁判所はこれを否定しています(最高裁昭和39年9月25日判決)。
すなわち、最高裁は、遺族が受け取った生命保険金は、亡くなった被害者の支払い続けていた保険料の対価であり、交通事故によって死亡したかどうかにかかわらず死亡したことによって支払われるべきものであるから、損害賠償額から控除すべきではないと判示しました。
そのため、死亡事故の場合、遺族が被害者の生命保険金を受け取っていても、受け取った金額は全く考慮せずに、生じた損害額をそのまま加害者または保険会社に請求することができます。
被害者は、損害賠償請求をするのは、加害者のほかに加害者の付保する任意保険会社ですが、被害者が自ら付保している損害保険会社から一定の損害金を受け取ることがあり得ます。
例えば、人身傷害補償保険等よって、被害者が一定金額を保険金として受領した場合、この保険金を支払った被害者側の保険会社が、加害者に対して、被害者に支払った保険金の限度で損害賠償請求権を取得します(これを保険者代位といいます。保険法第25条)。
その場合、被害者側の保険会社が、加害者に対して、支払い済みの保険金分を請求しますので、被害者は受け取ったこの保険金の分は差し引いて、加害者または加害者の付保する保険会社に損害賠償請求をする必要があります。
理論的には、これを損益相殺ということではありませんが(保険者代位の反射的効果にすぎません)、被害者の損害賠償請求額から受領済みの保険金を差し引いて請求しなければならないという点では、損益相殺と同様の考慮が必要になります。
社会保険や労災保険といっても様々なものがありますが、被害者が受け取った社会保険金・労災保険金の中には、損益相殺の対象とすべきものとそうでないものがあります。
後記のとおり、社会保険金・労災保険金の扱いは様々ですが、判断基準としては、被害者に支払った後に、その支払額を加害者に代位求償できる規定があるかどうかによって、損益相殺の対象とすべきかどうかが判断されていると思われます。すなわち、被害者に支払った保険金分について、これを支払った機関が加害者に対して後に加害者に対して求償できる規定が法律上定められている場合には、被害者は、この保険金額分を損益相殺して、残りの損害額を加害者に対して請求できるにとどまります。
損益相殺の対象となるものとそうでないものは、たくさんありますが、一覧表にまとめると以下のとおりです。もっとも、損益相殺によって損害額から控除が認められるものでも、どの損害項目(治療費、休業損害、逸失利益など)から控除されるかについては、一定の制限があります。